査読者1

(Primary)レビューサマリ

4名の総合点は、「採録」、「どちらかと言えば採録」、「どちらかと言えば不採録」、「不採録」が1名ずつで、賛否両論あるボーダーライン上の論文である。下記に、主な指摘をポジティブ・ネガティブに分けてまとめる。

ポジティブな側面
- 「従来楽器を始めるきっかけとなる楽器」という着眼点の新規性と面白さ
- 複合楽器のハードウェアとしての新規性と実装
- 実装が詳細に書かれている

ネガティブな側面
- サーベイ不足、研究の位置づけの説明が要改善
- 初心者に興味を持ってもらう上でデザインの妥当性の説得力が弱い
- 有用性に疑問、難易度が難しすぎる
- 設計や技術的に不十分な点がある

査読者間の議論では、
『WISSの査読方針である「ワークショップの本質は『議論』であり,仮に荒削りであっても未来を切り拓くような研究,議論を呼ぶような研究であれば,研究の完成度が低くても積極的に採択する」にまさしく合致する研究』
『そもそもWISSがこうした内容に関する議論をする場』
『研究として議論の下地はできている』
という意見が出て、全員が「3: 委員会で審議(ボーダーライン~採録より)」と判定した。

委員会での審議では、著者らが自ら研究動向を調査して文献を追加し、本研究の位置づけを明確にすることを採録の条件とすることも検討したが、著者らの見識を信じて、それをカメラレディでは必ず記載することを前提に、採録と判定した。他にも、査読コメントを参考に、可能な範囲で記述の改善を期待します。

(Primary)採録時コメント

本研究の「従来楽器を始めるきっかけとなる楽器」という位置付けで複合楽器を提案する方向性は興味深く、ピアノ、バイオリン、トランペット、フルートの4楽器に相当する奏法をコンパクトな同一楽器として実装したアイディアは新規性が認められる。従来楽器を始めるきっかけになったのかどうかまでは確認できておらず、演奏難易度が難しすぎるなど荒削りな側面はあるが、WISSが議論をする場であるという点を考慮して、採録と判断された。

(Primary)論文誌として必要な改善点

(該当しない)

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

4: どちらかと言えば採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

3: 自身の専門分野とマッチしている

採否理由

[新規性]
本論文が主張する『本研究は「誰でも簡単に演奏できる楽器」という位置付けではなく,「従来楽器を始めるきっかけとなる楽器」という位置付けで複合楽器を提案』という内容は、新規性があると判断した。「誰でも簡単に演奏できる楽器」に関する先行研究は多いものの、ピアノ、バイオリン、トランペット、フルートの4楽器のすべてに相当する奏法をコンパクトな形状の同一楽器で可能にするアイディアはなかったことが想定される。ただし、関連研究として挙げられている参考文献が日本国内の5件のみで、国際的な研究動向が調査されておらず、まったく触れられていないのは問題である。

[有用性]
アンケート調査を実施した点は評価でき、楽器の外見として興味を引くものとなっているが、「従来楽器を始めるきっかけとなる楽器」が達成できたのかどうかまでは確認できていない。ただし、WISSの評価実験が行われていないことを減点とはしない立場から、その確認がないことは総合点には反映していない。一方、主観評価で、著者らの想定通り「誰でも簡単に演奏できる楽器」ではないことが確認されている点は問題ないが、現時点での実装が荒削りで改善の余地が大きいことが指摘されており、提案内容の有用性には疑問が残る。

[正確性]
実際に実装した内容を報告しているという意味で、特に問題はない。

[論文自体の記述の質]
何を目指して何をしたのかがわかりやすくは書かれているが、詳細な実装にやや紙面が多く割かれている印象である。それよりは、本研究がインタラクション研究の観点からどういう価値を持つのかを議論することに紙面を割いた方がよい。

以上を総合的に評価すると、本論文は、「4: どちらかと言えば採録」と「3: どちらかと言えば不採録」のどちらにも判定しうる。そこで、さすがにこれだけ全然違う4つの楽器奏法をここまで小さい複合楽器で実現する発想はなかったであろうという新規性が認められる点や、WISSというワークショップが議論(たとえば、本当にここまで複合楽器に集約する意味はあるのか、楽器を始めるきっかけは本当にこれでよいのかという議論)をする場であるという点を考慮し、「4: どちらかと言えば採録」とした。

改善コメント

国際的な研究動向が一切調査されていない点は問題であり、以下に文献の例を挙げるが、これらを引用している文献、これらが引用されている文献に限らず、著者らが自ら研究動向を調査して最低でも十数件の国際論文等を引用しながら本研究の位置づけを明確にする必要がある(下記はいろいろありえるという単なる事例であり、より良い文献があれば、必ずしも下記を引用しなくてよい)。たとえば、国際会議NIME (https://www.nime.org/) の発表論文はアクセスしやすく参考になる。

Roberto Alonso Trillo, Peter A. C. Nelson, Tychonas Michailidis; Rethinking Instrumental Interface Design: The MetaBow. Computer Music Journal, 2024.

Wu, Y., Bryan-Kinns, N. & Zhi, J. Exploring visual stimuli as a support for novices' creative engagement with digital musical interfaces. J Multimodal User Interfaces 16, 343-356, 2022.

Jordan Aiko Deja, Sven Mayer, Klen ?opi? Pucihar, and Matja? Kljun. A Survey of Augmented Piano Prototypes: Has Augmentation Improved Learning Experiences? Proc. ACM Hum.-Comput. Interact. 6, ISS, Article 566, 28 pages, 2022.

Turchet, Luca. "Smart Musical Instruments: vision, design principles, and future directions." IEEE Access 7 (2018): 8944-8963.

Marshall, Mark. "Physical interface design for digital musical instruments." PhD Thesis, 2009.

Dobrian, Christopher, and Daniel Koppelman. "The 'E' in NIME: musical expression with new computer interfaces." Proc. NIME (New Interfaces for Musical Expression conference), 2006.

Miranda, Eduardo Reck, and Marcelo M. Wanderley. New digital musical instruments: control and interaction beyond the keyboard. Vol. 21. AR Editions, Inc., 2006.

また、5.2節の主観評価は論点がわかりずらいので、整理することが望ましい。提案楽器が本当に誰かの楽器を始めるきっかけになる(なった)のかや、インタラクション研究における本研究の価値を論じられるとさらによい。

査読者2

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

5: 採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

1: 専門外である

採否理由

楽器未経験者を対象ユーザとして,楽器に触れる機会を増やすことを目的とし,複合電子楽器を提案・制作しています.

新規性:
触れる機会を増やすために,複数の全く違う種類の楽器を1つの筐体にまとめて,一気にさわれるようにしてしまえ,という提案はとてもおもしろいと思います.また,ちゃんと実装していることが見て取れるため,WISS向きの議論ができそうな論文だと思いました.

有用性・正確性:
なぜ複数の楽器であるべきなのか,といった議論は1章でされており,不自然のない論法になっているため,有用性はあるように感じます.ただ,分量としては少ないので,もっと記述すると説得力が増すように思います.楽器の選定についてもある程度記述がなされており,合理的に選ばれているように感じます.
ただし,1章で著者等は「『誰でも簡単に演奏できるような楽器』という位置付けではなく,『従来楽器を始める切っ掛けとなる楽器』という位置付け」と説明していますが,3章ではフルートの指使いを簡略化したとか,5.2では演奏の難しさの軸で評価しようとしていたり,チグハグしている部分があります.
また,図2には弓にも加速度センサがついている説明がされていますが,どうやって本体と通信しているかが記載されていない気がします.

質:
論文の記述について,分かりづらい記述が多い気がします.多くは改善コメントに書きましたのでご確認ください.
また,本論文との関係性がよくわからない記述がありました.例えば,2.3については研究のそれぞれの立ち位置について説明がなされていません.単純に「参考になったよ」と書くだけではなく,関係性について読者に説明すべきだと思います.また,5.2で「高温のレの音だけは既存の指使いではなくすべての指を離す方法にした」という情報が後出しで出てきて不親切に感じました.こうした議論は制約やデザインの章を作って先に述べるべきだと考えます.
逆に過剰にシステム実装について述べている点が目に付きました.

結論:
論文の記述としては改善点が多く並べられるものの,提案されているシステムは斬新であるため,このような評価としました.

改善コメント

実装の分量を減らして,著者の思想やシステムのリミテーションについて記載があると良いなと思いました.
また,現状では,著者1人のオーケストラ経験に頼り楽器選定などされていますが,そこに客観性が入るとよりよいのではないかと思います.
使ってみたユーザの感想なども気になりますので,評価実験頑張ってください.

以下,記述についての指摘:
筆者がどう思ったかを書くのもよいですが,読者が読むときのことを想像して書くとより論文の質が高くなるように感じます.

2.1
「弦楽器管楽器」と書かれていますが「弦楽器や管楽器」としたほうが読みやすく感じます.
2.2
「管楽器がマイコンを〜いる.」→「管楽器を作る試みがある.」「息の圧力を求めている旨が述べられていた.」→「息の圧力を求められる」
3
「オーケストラ部での経験から,弦楽器,〜特徴を理解している.そこで本システムの開発にあたり,弦楽器,〜」→「オーケストラ部での経験を元に,本システムの弦楽器,〜」 ここの記述は「たった5年間で理解しきってるのか?」というツッコミを受けそうなのでなくて良い気がします
4
「IoTヴァイオリンをM5Stack-Core2〜で作り,多機能を足す〜」といった流れの部分は記載しなくて良い気がします.単純にCore2とnanoの2つを使った点と表1があれば読者に実装が伝わる気がします.
表1に付いて,MIDIは規格であり,センサではないのではないでしょうか.推敲し直したほうが良い気がします.
「SAM2695を使用しMIDI規格で出力」 SAM2695はMIDIを入力として受けて音を出力するのではないのでしょうか.記述を確認してください.
「鍵盤の根本に穴をあけ,棒を通すことで〜ネジ止めし固定した.」の記述がよく理解できませんでした.説明の分量を増やすか図を追加したほうが良いように思います.
「くるみボタン」がいきなり記載されていてびっくりしたので軽く説明しても良いかもしれません.
「ブレッドボードに組み」といった文面や図はいらない気がします.(ブレッドボード→基板の変更時に有用な知見があれば別ですが…)
図5は実際のkiMeraのJoystick部の写真も入れて説明したほうが親切なように感じます.
M5UnitSynthについて記載するのであれば,参考文献でURLを記載し引用する形にしたほうが読者に親切です.

査読者3

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

3: どちらかと言えば不採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

2: やや専門からは外れる

採否理由

本論文では、楽器演奏者人口の増加を目的として、弦・管・打楽器の要素を組み合わせた複合楽器「kiMera」を提案しています。提案された楽器には、ピアノの鍵盤やトランペットのマウスピース、フルートのトーンホール、バイオリンの弓と弦が統合されており、これら4つの楽器を体験することができるようになっています。

論文の良い点は、システムの実装(外装および回路基板)は詳細にまとめられている点と、実際にこの複合楽器を運用した結果が報告されている点です。また、著者らの研究動機である楽器に触れる「きっかけ」が重要だとする主張にも強く同意でき、そのために複合楽器をデザインするというアプローチも興味深いです。

一方、本論文で引用されている先行研究は非常に限定的で、提案システムに新規性があり、初心者の演奏体験・支援に貢献するものになっているかがわかりませんでした。過去のWISSで発表された研究だけでも、プロジェクションマッピング、筋電、ウェアラブルデバイスなどを用いて演奏体験を提供したり初心者を支援したりする研究が数多くあります。また、初心者がなにか新しいことを始めるために必要な支援に関する研究もサーベイされるべきです。

有用性に関して、提案システムが楽器演奏初心者のために正しく設計できているかどうかがわかりませんでした。著者らは1章にて『(楽器を)どこまで簡易化するのか,そしてどこまで従来の形を残すのかが,慎重に議論すべきポイントである』と述べています。しかし、現在の原稿では、実装面(使用できるセンサや検出方法)についての議論のみであり、たとえば、ピアノ部分の鍵盤数はいくつあればよいか、演奏姿勢はどうなればよいか、難しい奏法・演奏をどう簡易化するかなどが議論されていません。一方で、フルートの指使いをリコーダーのものにするのは、妥当かどうかはさておき、大変興味深い簡易化です。

論文の記述について、主述関係がわかりづらい文章(たとえば、3章「楽器の選定」の1文目)や、正しく段落分けされておらず読みづらい文章(5.2節など)があります。図についても、図1にそれぞれの楽器の名称を加えたり、図4に寸法を数値で表記したりすることで、より読みやすくなるように思います。

上記のような懸念点があることから、「3: どちらかと言えば不採録」と判定しました。しかし、実装された楽器は非常に興味深いものですのでぜひ体験してみたいです。デモ発表で体験できることを期待しております。

改善コメント

新しい複合楽器をデザインするだけでなく、より幅広い視点で「きっかけ作り」のためになにが必要を議論していただくと良いと思いました。たとえば、楽器自体に触れるきっかけも必要なはずで、本研究の場合は「オープンキャンパス」という場がその役割をしていたように思います。

また、楽器や音楽に全く興味がない人たちや演奏初心者からの意見を集めてみるというアプローチも良いと思います。今回は、著者の経験ベースで設計されていますが、楽器に詳しい人が設計したものと初心者のニーズが必ずしも一致するとは限らないと思います。たとえば、アンケートなどを実施して、仮に「一度にさまざまな楽器を体験して音色や姿勢の比較をしてみたい」といったコメントが得られたとすれば、提案する複合楽器がでてくる根拠づけになります。

査読者4

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

2: 不採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

3: 自身の専門分野とマッチしている

採否理由

この研究では, 生楽器に普段触れることのない馴染みのない人に対して楽器に興味を持ってもらうために, 複数楽器の演奏方法を模して演奏できる電子楽器を提案している. 鍵盤としてはピアノ, 弦楽器としてヴァイオリン, 金管楽器としてトランペット, 木管楽器としてフルートを模した演奏を一つの筐体で実現できることを目指している. よく実装されており完成度も高いところは評価できるが, 複数の楽器をひとつの筐体に合体させるということに焦点がいき過ぎている感があり, 本来目的としていた初心者に興味を持ってもらうための仕掛けについて不十分であるように見受けられる. このデザインを採用するための必然性を納得させるための議論が必要である.

初心者に興味を持たせるために難しすぎでも簡略化しすぎもしないバランス感の楽器を目指すのはよいとおもいますが、興味を持ってもらうためには上級者の筆者でもまともに曲を演奏できない難易度は厳しいのではないでしょうか?初心者がやってみたい, と考えるためには, この楽器でうまくなればここまで楽しいことができる, と思わせることが必要です. せっかく練習しても曲ひとつ演奏することが難しい, と感じてしまえば逆に敬遠してしまうことになってしまいます.

3章, 「既存の電子ピアノでは圧力センサにより音量が調整される」とあるが世に出ているほぼすべての電子ピアノは複数の赤外線センサによる速度検出によって音量を調整しています.

金管楽器はマウスピースからの振動と楽器の倍音との共鳴関係によって音高が決まりますが、その仕組みがないと1.金管楽器としての仕組みを教示するには不十分の可能性がある, 2.共鳴しないということはマウスピース音を鳴らすこと自体の負担も高くなる, という問題があるとおもいます.

改善コメント

楽器を知ってもらって興味をもってもらうという目的からは, 楽器の発音構造をできるだけ模したものにするとよいように感じます. 特にトランペットの発音原理は初めての人にはわかりにくいので, 共鳴現象そのものでなくともそれをシミュレートして見せる仕掛けが必要なようにおもいました.

ピアノはスイッチよりもおもいきって静電容量センサにしてしまって, 強弱は指の接地面積にすると反応が良くなるとおもいます.

ヴァイオリンは複数の指の認識が困難ならば, 本物とは異なりますが, 弦は一本のみとし, ボウイングと距離だけでの操作にしたほうが楽器としてのコントロール性は向上するとおもいますし, そこまで本来の趣旨とも離れていないバランスになるかとおもいました. そもそもヴァイオリンで重音は初心者の技術ではないので問題ないかとおもいます.