査読者1

(Primary)レビューサマリ

本論文では,液体ゴムや布用ボンドに鉄粉を混合して作成する磁性導電性塗料「MagElePaint」と,この材料を用いた紙や布,皮膚上での回路のプロトタイピング手法を提案しています.

4名の査読者の総合点は,4,3,4,4となっており,ボーダーライン上にある論文であると判定されました.アイディア自体は評価されているものの,材料としての新規性および有用性に関して疑問が提示されています.論文の記述や実験内容に関してもいくつかの問題が指摘されています.

新規性:
磁性と導電性を有した材料での回路プロトタイピングという提案には新規性があるが,材料自体の新規性はなし(既存研究あり).

有用性:
多様な素材への塗布,それを活用したインタフェースには一定の有用性あり.
しかし,材料の抵抗値は非常に高く(抵抗センサなどの用途にとどまる),磁石を回路に実装するほうが容易(磁性インクにする必要性がない).

論文の記述:
材料の作製過程の読み取りが困難で,実験結果のまとめに誤表記と計測ミスの疑いあり.

査読者間の議論では,インターフェイスの新規性はあるが材料の新規性が不明,アプリケーションでその強みを活かしきれていない,議論に足る実装はできておりWISS発表で有用なアプリケーションが見つかる可能性あり,といった議題があがりました.

いくつかの課題はありますが,WISSが議論をする場であるという点とその議論に足る実装が行われているという点を考慮して,条件付き採録と判定しました.査読コメントを参考にしながら,次の条件を修正してください.
(1)各査読者から提案された参考文献をチェックし,既存の材料や別のアプローチについて文献の追加と説明の加筆を行ってください
(2)作製プロセスについて詳細に説明し,本手法が再現可能な情報を適切に提供してください
(3)実験の計測ミスがないかを確認していただくとともに,論文中の記載ミスを修正してください

採録条件ではありませんが,WISSでの発表時には本手法を活かした(この材料でなければ実現できないような)アプリケーション例について議論できると大変嬉しく思います.

(Primary)採録時コメント

本研究の「回路プロトタイピングのための磁性導電性塗料」は,さまざまな素材に対して塗布可能であり,将来性のある研究であると評価されました.一方で,既存研究や代替手法もあり,材料としての新規性や有用性に疑問が指摘されています.また,論文の記述内容に関しても不明瞭な点があります.こうした課題はありますが,WISSが議論をする場であるという点とその議論に足る実装が行われているという点を考慮して,条件付き採録と判定しました.

(Primary)論文誌として必要な改善点

(該当しない)

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

4: どちらかと言えば採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

2: やや専門からは外れる

採否理由

本稿では,液体ゴムや布用ボンドに鉄粉を混合して作成する磁性導電性塗料「MagElePaint」と,この材料を用いた回路のプロトタイピング手法を提案しています.材料は紙や布,皮膚上にシリンジを用いて塗布可能であり,銀ナノ粒子インクなどと同様の方法で回路を描くことができます.さらに,鉄粉の性質を生かして,描いた配線部に磁石で素子を直接張り付けることも可能です.論文では,基材の検証や銅粉の混合(導電性の改善),時間経過による抵抗値の変化,磁力の強さとひび割れの有無といった幅広い性能評価を行っているほか,本材料を用いたアプリケーション例を提案しています.

鉄粉をゴムやエラストマーに混合した材料に関する研究はすでに行われており,たとえば振動制御やシールド材,放熱などの用途で使われているようです.一方,こうした材料を回路のプロトタイピングに活用するというアプローチには一定の新規性があり,先行手法との比較や磁石の着脱による回路の変更などの強みも正しく書かれています.

WISSで発表する研究として相応しいテーマであると判定しますが,その一方で,主に論文中の説明不足や詳細情報の欠如のため,有用性が正しく読み取れない箇所があります.
・3.1節の「塗料の体積や断面積が一定になるように(略)型に入れて布生地(化学繊維)に塗布した」という文章で説明している方法が正確に理解できませんでした.図1を見る限りでは,形状にばらつきがあるようです.また,同節に「図2より,液体ゴムと布用ボンドは数時間で完全に固まり」とありますが,図からは硬化の具合がわかりません.抵抗値の安定と硬化に関係があるのでしょうか(6.1節に説明がありますが,「硬化すると抵抗値が安定する」の逆が成り立つのか疑問に感じました).
・3.2節の材料の組み合わせとして,布用ボンドに鉄粉と銅粉を混ぜたものがないようです.前節で「液体ゴムと布用ボンドの特性がよかった」と報告されていますが,布用ボンドで検証を行わなかった理由はありますか.
・4.1節で調査された「ひび割れ」は,どのタイミングで検証されていますか.
・材料の抵抗率を求めることはできるでしょうか.もちろん,正確な値を求めることは難しいと思いますが,特定の口径のインジェクタを用いた際に描かれる配線の内部抵抗を見積もることができると有用であるように思います.

論文の記述の質に関して,全体を通してよく書かれていますが,大きな誤解を招きかねない箇所と読みづらい文章が見受けられます.
・表1の混合比に誤りがあるようです.2~4行目の液体ゴムと布用ボンドは,基材と鉄の混合比が逆です.5行目の液体ゴムは鉄と銅の数値が逆になっています.本文中の説明との間にも齟齬があり,鉄粉が多いときに磁力が「×」になるという矛盾があります.
・4.2節で「今回は液体ゴムの比率を増やし」とありますが,前後の比率を見比べると液体ゴムの比率が減っているようです.
・3章あるいは4章終わりに,検証の結果のまとめとして最も良い性能の材料や混合比を示すとより分かりやすくなると思います(現在は5章冒頭に書かれています).
・5.1節のR_1とR_2の抵抗のつなぎ方や,5.2節の「配線を押下した」場所を図6中のいずれかの図に書き記すとわかりやすいと思います.特に,押下位置や指との接触具合は抵抗値の変化にも影響するはずです.

改善コメント

さまざまな塗布対象へのアプリケーション例,特に皮膚上への回路のプロトタイピングは魅力的ですが,一方で,この材料だからこそ作ることができる応用例があるとより良いと思います.たとえば,材料の性質上,配線部に材料を注ぎ足したり,硬化部分を削り取ったりすることが可能なように思えます.これによって抵抗値の調整や配線の形状を変えることができるのであれば,それは本手法ならではの面白い特徴になるのではないかと思います.

査読者2

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

4: どちらかと言えば採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

3: 自身の専門分野とマッチしている

採否理由

・提案されている内容の新規性(先行研究との差分が十分にあるか)
導電性・磁性の両方を含むインクを活用した,色々なサーフェスのスマート化の研究であり,インク自体は(A dual function conductive nano ink for printed electronics connections, Organic Electronics, 2024)など関連研究がすでにあるが,HCIの文脈での探索(抵抗センサ応用,塗料の探索)に新規性がある.

・有用性(実際に役に立つか),正確性(技術的に正しいか)
導電性・磁性の両方を含むインクを活用した電子回路は,磁石による物理的接続と電気的接続・センサとしての利用が両立でき,役に立つ.ただし,今回提案したインクは抵抗値が高いため,配線としての汎用的な利用は困難であり,抵抗センサーとしてに留まる.

塗料の検証に利用した材料の選定,割合の変化など,適切な塗料の混合割合を導く実験は,再現できるほど丁寧に書かれている.

・論文自体の記述の質(分かりやすく明確に書かれているか)

提案内容自体の記述は質良く書かれているが,関連研究との抵抗値の比較,伸縮性の比較など,提案した塗料が定量的にどう優れているかが曖昧.

改善コメント

導電性繊維は抵抗値が高いので,例えば銀フリークなど,抵抗の増加を抑制できる導電材料の使用が望ましい.
磁気センサとして使用できるかどうかの検討を行うと,非接触センサのアプリが増えて良い.
ボンド磁石ではなく、シリコンベースの柔らかい磁石(PME)を使う方が、薄く伸縮性があるので、皮膚などの曲面に貼る際に相性が良さそう。他にも,2液混合タイプのウレタン樹脂などを用いた方が,磁性材料・導電材料の質量割合を増やすことができる.

PME:Permanent Magnet Elastomer、名工大 岩本 悠宏 准教授
https://technofair.web.nitech.ac.jp/seeds/seeds-0-36/
https://researcher.nitech.ac.jp/html/100000443_ja.html

査読者3

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

4: どちらかと言えば採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

2: やや専門からは外れる

採否理由

本論文では,様々な基材に電気回路を形成するための,鉄粉と液体を活用した回路プロトタイピング用磁性導電性塗料,MagElePaintを提案しています.MagElePaintを構成する材料の適切な構成について抵抗値を元に議論するとともに,回路プロトタイピングの例を示しています.

- 新規性について
導電性と磁性を併せ持ったペースト自体はすでに先行例が存在するものの,既存の素材に金属粉末を入れ込むことで容易に導電性・磁性を付与する,という発想には一定の新規性があるように思われました.

- 有用性,正確性について
皮膚や布といった多様な基材への導電性・磁性付与,それを活用したインタフェースには有用性があると判断しました.既存の製造技術を活用したより精緻な配線形成やセンサ形成にもつながる可能性を感じました.他方で,構成素材やインタフェース設計の探索が十分でないと感じられたこと,経時による抵抗の上昇が解決されていないことは課題に思いました.

- 論文の記述の質について
全体としてよく構成されていますが,初期検討段階ということもあり検証の章については調査結果が雑然と並んでいる印象がありました.最終的に選定した構成の利点がわかりやすくなるよう,もう少し構造的な記述へと改善する余地があるように思いました.

改善コメント

今後,より詳細な設計空間探索が可能が望まれます.たとえば,銅粉末だけにした場合にどの程度まで低い抵抗値が実現可能なのか,なども気になりました.また,Ref.[6]のような適切なファブリケーション手法やcomputational design手法の検討,あるいはそれを通したさらに多様な基材への導電性,磁性付与の実現、特に本手法でしか達成できないインタラクションがより明確に示されることを期待しています.

査読者4

総合点   (1: 強く不採録~6: 強く採録)

3: どちらかと言えば不採録

確信度   (1: 専門外である~3: 自身の専門分野とマッチしている)

3: 自身の専門分野とマッチしている

採否理由

本論文は,導電性ペーストの材料に鉄粉を用いることで,ペーストで描かれた回路に磁性を付与する研究である.

総評
「導電性と磁性を両立するペーストによる回路試作」という提案には新規性があると思われる.一方,素材自体に関する新規性は関連研究との差分が不明瞭なため大きく評価できない.また,インタラクションに関する研究としては,応用事例が既存の回路のコネクタに限定されており,このペーストならではの有用性が示しきれていないように感じた.さらに,記述の正確性に関しても修正・追記すべき事項が複数存在する.そのため採否についてはネガティブかボーダーラインだと感じ,「3: どちらかと言えば不採録」とした.

# 主要な指摘
1. 別なアプローチへの言及
例えば(磁性のない)導電性ペーストの回路端に磁石を埋めておいて素子を貼り付けるような方法や,紙の回路の裏側に磁石を貼り付けておく方法も考えられ,それらのほうが試作向けとしては簡単な場合も多いと思われる.別なアプローチにも言及し,本提案どのように優れているのか明記したほうが良いと考えられる.

2. 性能の比較対象が異なる
> (既存研究は)塗布対象が紙などに限られていた
比較対象がフェアでないため不正確な表現になっている.
原稿にも記載されている通り,ナノ粒子やマイクロ粒子を用いたインクは粒子の整列が必要なため,多くの場合平滑または特殊な基材が必要になる.しかしBare Conductive社のElectric Paint [A] のようなペーストであれば,塗布対象は紙に限らない.本提案はペンやインクジェットプリンタに搭載できるインクというより,Electric Paintのようなペーストであり,「基材が紙に限られない」ことは新規性とみなせない.
[A] https://www.bareconductive.com/collections/electric-paint

3. 導電性ペーストに関する既存研究に触れていない
既存の柔軟/伸縮導体,特に磁性を有する導電性ペースト(例えば [B])について言及するべきだと思われる.また,単に柔軟/伸縮導体に磁性を付与したいなら,例えば先行事例のレシピ(例えば [C])に鉄粉を混ぜれば良いと思う.
[B] Singh, Kuldeep, et al. "Poly (3, 4‐ethylenedioxythiophene) γ‐Fe2O3 polymer composite–super paramagnetic behavior and variable range hopping 1D conduction mechanism–synthesis and characterization." Polymers for Advanced Technologies 19.3 (2008): 229-236.
[C] Matsuhisa, N., Kaltenbrunner, M., Yokota, T. et al. Printable elastic conductors with a high conductivity for electronic textile applications. Nat Commun 6, 7461 (2015). https://doi.org/10.1038/ncomms8461

4. 計測結果の信頼性
- 図5dについて,プロットに一貫性が無く,計測ミスの可能性がある.再計測が必要そうであれば行ったほうが良いかもしれない.
- 抵抗値計測は単一のサンプルではなく複数サンプルの平均値とした方が良いかもしれない.

5. 作製プロセスの記述
作製プロセスがほとんど書かれていないため,例えば材料が均一に混合できているのか分からない.素材をどうやって複合材料にしたのか,作製方法を簡潔に記述すると良いと思われる(例:スターラーでHOGEの速度で一時間撹拌など).

改善コメント

# 細かい指摘

1.
レビューを反映するために他の部分を圧縮・削除する必要がある場合,先行研究を見直すことを推奨する.特に布や皮膚への塗布は比較的関連が薄く,より簡潔に記述できる.

2.
> これらの研究は,電子部品や計測用回路をスナップボタンや接着剤を介して接続するため,素子の付け外しが困難である
スナップボタンを使えば着脱がそこまで困難とは言えないと思われる.

3.
> これは, 液体ゴムを基材として用いた場合にひび割れや断線を起こさず,かつ最も抵抗が低くなる比率である.
自分で実験した結果の記述であればそのように記載し,そうでないならば根拠を記載してほしい.

4.
> 導電繊維(FUJIX, Smart–X)を 15cm ほど細かく切って
他との整合性から質量比で記載したほうが良い.
また,「細かい」とはどの程度の細かさか書いたほうが良い.

5.
> さらに 1 週間静置した際
「さらに」の意味が分かりづらいので,(合計12日間)などと補足的に記述したほうが良い.

6.
> 実際の回路プロトタイピングでは,3 章の検証のように分厚い板形状ではなく,細長い配線で描く.
一般論ではない.導電性インクのペンを用いる際,ユーザが面で回路を描くことが先行事例 [D] で報告されている.
[D] Koya Narumi, Steve Hodges, and Yoshihiro Kawahara. 2015. ConductAR: an augmented reality based tool for iterative design of conductive ink circuits. In Proceedings of the 2015 ACM International Joint Conference on Pervasive and Ubiquitous Computing (UbiComp '15). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, 791–800. https://doi.org/10.1145/2750858.2804267

7.
> フィルム (skinix 社, エアウォール UV) の上から塗布した
フィルム上に実装した回路を,「肌に塗布した」とは言えない.「ウェアラブルなフィルムに塗布した」などの表現が良い.

8.
> 硬化すると柔軟性を持つ
硬化後もある程度の柔軟性を保つ?

9.
SI単位のμは立体で表記するべきである.

10.
SI単位と数値の間にはスペースを入れるべきである.

11.
> 塗料の体積や断面積が一定になるように
図1を見ると,体積や断面積が一定になっているように見えない.通常ペーストを型取りした場合,最後に表面をスキージ等で平滑にする場合が多い.本論文では修正が難しいと思うので,今後は作り方を再検討したほうが良いかもしれない.