本研究は、実際の視覚障害当事者に必要な機能をインタビューして実現している点、システムの完成度が高い点、スマートフォンという入手の容易なシステムで実現している点が高く評価できます。 一方で、技術的な新規性は高くなく、既発表でインタラクションの適切性はすでに報告されていること、実験の詳細が述べられていない点、関連研究が十分に記述されていない点が指摘されています。 よって、次の点を採録の条件とさせていただきます。 - 実験条件に関して詳述してください。被験者数の記述や、マップ作成者が誰なのかの記述、練習時に関する詳細の記述です。 - 関連研究が十分に記述されていない点を修正し、本研究の立ち位置を明確にしてください。次のようなものがあります。 Corridor-Walker: 視覚障害者が障害物を回避し交差点を認識するためのスマートフォン型屋内歩行支援システム. インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ (WISS). 2021. CHI2012, PocketNavigator: Studying Tactile Navigation Systems In-Situ 他にも各査読者のコメントをできる限り反映させてください。
査読者の意見としては、技術的な新規性よりは当事者への丁寧なインタビューとフィードバックを高く評価しました。もし採録となり発表する際にはそちらを重点的にお話いただけますと幸いです。
3: どちらかと言えば不採録
2: やや専門からは外れる
新規性、有用性:実際の視覚障害当事者による実験を行っており、有用性の高い研究であると思います。一方で技術的な要素で見ると特に新規なものではないように思います。また今回Visual SLAMを使っていますが、Lidarを用いた方法で屋内のマップを作成することはすでに広く行われているため、ことさらに新たな開発をしなくてよかったのではと思いました。 把持デバイスの向きと位置によって振動を提示してナビゲーションするものも多数知られており、例えば下記の論文では「Magic Wand Metaphor」としてまとめられています(この論文のFig.2、文献引用[10][19][31])。 CHI2012, PocketNavigator: Studying Tactile Navigation Systems In-Situ 論文はわかりやすく記述されています。
今回修正してほしいというわけではありませんが、スマートフォンの向きと目的の向きが合致したときに振動を提示する際、振動提示の時間遅れは問題にならないでしょうか。通常振動子は数十ms以上の遅れがあるため、その遅延が影響しないかどうかが気になりました。 上記でもコメントしましたが、SLAMに関して多くの文献引用がなされているのに対して、振動によるナビゲーションに関する引用がやや不足しているように思いました。
4: どちらかと言えば採録
2: やや専門からは外れる
本研究では、Visual SLAMによる位置推定手法を利用し、視覚障碍者に効率的なルート誘導を行うシステムを提案しています。視覚障害者に負担をかけずに、特定の場所にスムーズにできるようにする研究のモチベーション自体を高く評価しています。しかしその一方で、壁や障害物を避けつつ、ルートを最適化する方法など、アルゴリズム的な新規性は少なく、スマートフォンのVisual SLAMと振動機能による指示の有効性を検証した点に新規性があると考えています。 - Visual SLAMについて 本論文を読んだ際、「二次元の地図を作成する人」が視覚障害者なのか、ほかの人物なのかが明記されていません。今回の場合は、事前に作成したマップと指定ルートに対し、視覚障害者の方は、visual slamによって推定された位置情報を基に移動するものと思いますが、あくまでも憶測の範囲です。本文中に、どこからが視覚障碍者(システム使用者)の負担となるのか、などを明記したほうが良いと思います。 また、今回事前に作成したマップ(図5)は、廊下の幅がほぼ一定、廊下の途中に障害物(例:床に置いてある段ボールや、壁付近に設置された棚など)や通行人は存在しない + 廊下の途中の扉などは考慮していないなど、非常にシンプルなものとなっています。また、ウェイポイントの位置や移動方向(図5の赤矢印のような直線)は手動で設定するため、現時点なら敢えてVisual SLAMを用いなくても良いのでは?とも感じています(例:事前に手作業で作成した2D/3Dモデルとルートを用意し、AirTagなどを用いた位置情報の取得など)。なので、Visual SLAMによるメリットなどを追記するとよいかもしれません。 - ガイダンスについて 今回の方法は、visual slamを用いて、被験者は進行方向を理解することができます。しかし、今回用意された通知パターンは比較的少数なので、例えば「目的地まで何メートルなのか」「壁や障害物にどれぐらい近いのか」を細かく通知することができません。被験者は白杖を所持していることが前提となっているため、ガイダンスの通知パターンが少なくても、(廊下のような狭い環境なら)間違った方向(壁に向かって歩く)などを避けることはできそうですが、ガイダンス精度に関する言及が必要であると感じました。 また、被験者(ユーザ)への通知方法やルート生成方法は、Collider Walker[1]が関係すると思うので、こちらを参考にするとよいと思います。
[1] Kuribayashi et al. "Corridor-Walker: Mobile Indoor Walking Assistance for Blind People to Avoid Obstacles and Recognize Intersections" MobileCHI 2022 - 評価方法について。 Visual SLAMの精度評価に関するグラフが個人的には分かりづらい印象です。横軸と縦軸の意味や単位を追記してもらえればと思います。 また、被験者実験で「目標までの移動できたかどうか」だけではなく、「どれぐらい時間がかかったのか」の時間計測(既存方法との比較を含)や「SUS(使いやすさ)」「NASA-TLX」といった評価尺度を用いた評価を行うと良いと思います。
通知するパターンが表2にてまとめられていますが、現パターンだけで誘導に十分なものだったのか、パターンを新たに追加・削減するべきかなどを調査すると良いと思います。 また、現システムではウェイポイントや移動ルートは手動で作成すると思いますが、これらを自動計算する方法を検討すると面白いかもしれません。
3: どちらかと言えば不採録
2: やや専門からは外れる
本論文では,白杖使用者の屋内歩行支援システムとして,SLAMを用いた地図作成と自己位置推定を行い,振動しを内蔵した白杖型デバイスを用いて経路案内を行う手法を提案しています.システムの要件は視覚障害者へのインタビューをもとに策定されており十分な動機が記述されています. しかし,実装の新規性と評価実験の妥当性に疑問があります. 本論文の実装では,周囲のセンシングにSLAMを用いていますが,表1を見る限り,Kayukawaら(Kuribayashi et al.[1])のようにスマートフォンのLiDARを用いた検出が適しているように見受けられます.また,SLAMからの地図作成や自己位置推定は既存の手法を用いており,アルゴリズムに新規性はありません.白杖型デバイスも既存研究のデバイスを利用しており,改善はありません.今回の実装では図2に示されるように,経路伝達用とSLAM用の2つのスマートフォンを使用していますが,白杖を改造してスマートフォンを使わない手法にする,白杖に付けたスマートフォンでセンシングを行い使用するスマートフォンを1台にする,といったデバイスに関する改善があれば,より新規性が明確になると思います. 本論文の評価実験では,晴眼者を対象とした歩行者実験(5.1章)と視覚障害者を対象とした歩行実験(5.2章)を行なっています.5.1章の実験には,被験者数の記述がありません.10回試行と書かれているので,1人が10回行なったものと理解していますが,それはどのような状況で行ったのでしょうか.その他にも説明や議論が欠如していると見受けられる点があります.(精度評価とありますが,マーカー地点は10回とも同じ場所だったのでしょうか.場所によってSLAMが機能しにくい等の議論はなかったのでしょうか.)また,5.2章でも実験結果・分析に関する記述が欠けています.結果には「練習ではうまく目的地にたどり着けないこともあったが,最終的に実験参加者全員が設定されたルートを歩くことが出来た.」とありますが,練習時は何が問題だったのか,何回の試行でルートを歩けるようになったのか,その回数は妥当なのか等,結果に関する情報が欠けているため,実験としての妥当性,システムの有用性が証明されていません. 以上の理由から,総合点は3点としました. 採録の条件は以下です.
採録の条件:
・デバイスの改良点があれば記述する.
・使用したアルゴリズムについて,白杖使用者が使いやすいように既存手法から改良した点があれば明確にする.
・実験の記述(結果と考察)を明瞭にする.
[1] Masaki Kuribayashi, Seita Kayukawa, Jayakorn Vongkulbhisal, Chieko Asakawa, Daisuke Sato, Hironobu Takagi, and Shigeo Morishima. 2022. Corridor-Walker: Mobile Indoor Walking Assistance for Blind People to Avoid Obstacles and Recognize Intersections. Proc. ACM Hum.-Comput. Interact. 6, MHCI, Article 179 (September 2022), 22 pages. https://doi.org/10.1145/3546714
4: どちらかと言えば採録
1: 専門外である
VisualSLAMを自己位置推定に用いることによって,屋内のような測位の難しい環境でも視覚障碍者が振動子による歩行支援手法(著者ら提案の仕組み)の恩恵を受けられるように拡張するシステムの提案であると査読者は理解しました. 視覚障碍者の単独歩行における歩行支援の仕組みである,振動子による方向指示に基づく歩行支援システムは既存のものであり,その観点で新規性は高くありませんが,実際の視覚障碍者に対して歩行支援に必要な機能をインタビューすることでそれらを明らかにし(2.2節),それらに対応した仕組みとしてVisualSLAMによる空間計測と自己位置推定を利用する手法を適切に実現しており,システムの完成度は十分高く,個々の評価パラメータも実用的なレベルにあるように考えられますので,有用性もあるように見受けられます. ひとつだけ気になるのは,VSLAMによるポイントクラウドマップから生成される地図の精度が,ある特定の1環境(訓練センター内部)でのみ評価されていることです.本手法は,どちらかというと既提案システムが得意としていたオープンエリアや,物体(人物)がたくさんいる環境には強くないように思われますが,そのあたりの評価抜きに「本手法は有効である」とするのは記述が強すぎるように感じます. 実験結果における分析・考察もインタラクションのほうに偏っているのですが,インタラクションの適切性はすでに前回の報告で記載されている範囲を超えていないように思われ,本来この論文で評価したかったであろうVSLAMの既存手法に対する優位性を論じられていないように感じます. とはいえ,本手法が徐々に有効な方向へ更新されている,特にデバイスをスマートフォン程度のすぐに手に入るデバイスで運用できるレベルに落とし込んだ観点は読者に十分な価値を与えうるものと考えています.
・歩行支援に必要な精度はどの程度か? という問いに何らかの答えが出ていると極めて価値が高い研究になりそうに思います.精度・有効な範囲の違う2システムでのユーザの行動(反応)の違いが分析できれば良い論文になりそうな気がします.
本論文は、視覚障害者のための屋内ナビゲーションシステムを構築、評価したものです。スマートフォンで屋内マップを作成し、方向に依存した振動提示によってナビゲーションを行っています。技術的な構成要素は新規とは言えないものの、当事者への丁寧なインタビューによって要素を抽出し、実装評価に至っている点は高く評価できます。